或る日、僕は

「ほぅ…お客さんか、珍しいな。ここはダンジョンだ。わたしはここでコーヒー飲んでるから、ゆっくり見て行ってくれ。幸運を祈る。」Since 2014.

たまには余裕を見て2,000字ほど書いてみる

この頃充実していて、これといって特別な話はないのだが、ある意味ではこの調子が続いていけば良いなぁと思っている。
以上、本日の日記。




ところで、「毎日2,000字書いたほうがいいらしい」という説を、どこで知ったのか非常に興味があるが、ブログを書こうという気になったこと、自分で文章を書き綴っていく過程では、いくつかテクニックはある。


文字数を水増ししようとすれば文末を丁寧語で終えたほうが文字数は増える、とか、体言止めを多用すると、文字数を節約できる、などある。


ブログでは、特に文字数の制約もなく、また、上限もほぼないと言ってよい。
良いが、実際に書けるかどうかはまた別の話ではある。


暮らしの中で役に立たないことも、考えるだけならまあさほど得にはならないが損にもならない。ところが、役に立つことを考えることについて言うと、あまりこれはよろしくないと思う。なんでか。なぜだろうか。


「知ってる」という言葉。知ってる、という意味は、わざわざ説明するまでもないと思う。知ってる、少なくとも話は聞いてるよ、という相槌のようなものではあるが、多用すると逆に、話をしているのに話を何も聞いていないのとほぼ同じ結果を得ることができる。内容のない話題を話すときには有用ではあり、日常会話の中で時々使う分には人付き合いが緩く流れるため、この「知ってる」は暮らしの中で役に立つことに分類してよいと思う。


アドリブで話をする時を考えてみる。私の場合では、たいていの話はアドリブであり、自分で考えて書いてみようというその動機そのものが、様々な話を聞いてきた中での話題の拾い方や流し方、都合よい話だけではない会話の逃れ方とか、この場面一回きりのアドリブの利いた話をできるようになりたいというものだったので、例えば、今日の雑談の中から聞いた話をそのまま書こうとしても、たぶん論旨不鮮明のまま書きあがらない原稿ばかりが増えていくだけだと思うのである。


そこで、アドリブで話をするように心がけると、これは、相手は「知ってる」はずのない話題なので、容易には相槌を打てない。結果的に、相手の知らない話題を話すことになるため、聞き手もよるが、雑談の中に少し混ぜてみるというあたりから少しずつ試してきたところ、非常に「ユニークな人」という人物像、イメージでもって覚えられることになってきている。ユニークな人、というのは少し好意的に見てくれているが、要するに「変わった人」ということである。


つまり、私は、私が考えていることは家賃の振り込みとか光熱費の支払いとかではなく、もうちょっと役に立たないことなんだぞ、という自覚を持っているのであった。


ところが、こんなユニークな変人である私でも、世の中の懐の深さというか、企画の仕事という拾われ方をするので、なかなか油断ならない。「変わったやつだな」「面白いやつだ」というわけである。実際に企画の仕事を正社員としてかつてやった。たぶん、ずっと自分は変人だと自負していたのにもかかわらず、いざ仕事となるとこうも責任感を感じるものかと、新しい自分の一面を発見したとか言いながら体調を崩して2週間ほど自宅療養したりもしたものだったが、まあ人間なかなかうまいこといかないときもあるもんだなぁと思ったりもした。私が思っていた以上に、仕事はうまく運んでいたようではあった。自己評価が周りの評価より低かったのであった。


話をひとまずここで一呼吸置きたい。少し休息をとる。


昔の私は、もっと尖っていた。ずっと一匹狼でやっていくつもりでいたのだった。


それが、方針を変えることになったきっかけというのが確かにあった。この話は、今までの過去ログのどこかに書いたかもしれないので、今回は触れない。少なくとも、私を知る人は、まるで人が変わったかのような印象を持っていると思われる。


かつての私は、たぶん、今の私を想像していなかったはずである。


気持ちの余裕が出てきたことについては、多少なりとも自覚もあり、あまり勝ち負けにこだわらなくても暮らしが成り立つようにしてある。むしろ、ここは負けたほうが得だと思える時もあったりする。


知らないことを雑談で聞くのはなかなか面白く、「知ってる」を用いないことと持ち前のユニークさを使って、座の一員を演じながら話題に参加するのは、意外にもこれが面白いものなのだなと再確認したのであった。


才能があったのかと言えば、あったのかもしれないが、多分にいろんな人との出会いの中から後天的に得てきた経験のほうがおそらく、才能の芽を開かせてくれたのだと私は思っている。今の仕事、私の性に合ってる。企画の仕事じゃないけど、どうやら意外と、人付き合いをそれなりに上手くやっていく方法というものを仕事としていることが、私の性に合っているのだと思うのであった。


このように書くとだいたい2,000字である。これを毎日実践していくには、若干工夫は要りそうだと思う。冒頭で書いた通り、ブログ記事には文字数の制約はほぼないといってよいと思う。

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