忠告してくれる方は貴重である。
むろん、いい気分ではない。腹は立つ。
だが、後々になって考えると、あの時叱られてなかったらどうなっていたか。
このように考えてみると、気の持ち直し方もある。
例えば、
身の回りの人づきあいがうまくいっていないときとか、
体調が優れなかったときとか、
状況はいろいろある。
私の場合では、
書いてある文章から背景を読み解くのが非常に苦手なもので、
文脈から、たぶんこうだろうと、見切り発車で書くものだから、
これが誤読になってしまうこと、頻繁にある。
読解において、私が考慮する点はいくつかある。
まず、いつ書かれたのか、
次に、誰が書いたのか、
最後に、論旨は何なのか、
この3点だけであった。
多くの書き手は、論旨に対して共感してほしいと思っている。
文章を書く動機づけの1つだと思う。
ところで、私は必要に迫られて、取扱説明書を書く羽目になった。
これはとんでもなく厄介な代物を書くことになったものだとつくづく思う。
なんせ、専門用語をとにかくかみ砕いてわかりやすく書くこと、
つまり、専門外の方が読んでも、
書いてある通りに進めていけばうまくいく手順を示す説明書きを
何か知らんけど、成り行きで書く羽目になったのだった。
この経験から、私の書く文章はおそらく、
かみ砕きすぎて初心者向けに書いているように思われると思う。
ところがどっこい、
もっと降りていかないと、初学の方の理解に届かないもので、
私自身、まだまだ修行が足りないとつくづく感じていること汗顔の至りである。
話を戻す。
この習慣が逆に災いして、専門家の方からお叱りを受けることが頻繁にある。
「初歩的すぎる」「わかり易過ぎる」というのである。
仕方ない。取扱説明書に共感する読者というのは、なかなか居ないと思う。
つまり、私の書いている文章は、中途半端な位置にあり、
「どっち向いて書けばいいんだ~!」と、
やたら苦悶する日々を送っているのであった。